長介の髭 消えないままの痛み

犬と本と漫画、映画にドラマ、ときどきお出掛け。消えない傷を残して、前に歩む毎日。

人生は、悲劇でも喜劇でもない

ホアキン・フェニックスが主演し、

アカデミー賞主演男優賞を受賞した映画『ジョーカー』を観ました。

 

“笑うのは許して 病気です

  脳および神経の損傷で 突然 笑い出します”


主人公のアーサーは、緊張すると笑いが止まらなくなるという精神病を抱えていて、

周りからは不気味と思われ、それでも貧困の中、認知症の母親の面倒を看ながらも、

いつかはコメディアンになる夢を持って、暮らしていました。

 

“心の病を持つ者にとって 最悪なのは…世間の目だ

 こう訴えてくる 心の病などない…普通の人のようにしてろと”

 

ある日、彼は突然、仕事をクビになってしまいます。

さらに定期的に受けていた市のソーシャルワーカーの面談も、

予算カットで打ち切られ、彼は追い詰められていきます。

 

両側を高いビルに挟まれて、長く続く細い階段、

いつまで待っても届かない手紙、毎日確認しても空の郵便受けが、

彼の孤独な心象を表しています。

 

やがて母親が…

そして彼は…

 

“人生は悲劇だと思ってた

  だが今 分かった 僕の人生は喜劇だ”

 

映画の冒頭から最後まで、何度か繰り返される

ホアキン・フェニックスの“踊り”と“笑い”、

そして、鏡に向き合ってピエロのメイクをする姿が、

どれも秀逸です。息を止めて見入ってしまいました

 

と、ここまで書いてみましたが、演技や演出は称賛に値しますが、

アーサーの行為は、どのような理由があっても、正当化されません。

綺麗事かもしれませんが、人生は、悲劇でも喜劇でもなく、

誰もが暴力以外の手段で主張し、お互いの存在を認め合う社会が健全です。

アーサーのように居場所が無い人間を追い詰めた上に、

ヒーローとして祭り上げる“マスコミ”や“大衆”の方が、不健全だと思います。