長介の髭 消えないままの痛み

犬と本と漫画、映画にドラマ、ときどきお出掛け。消えない傷を残して、前に歩む毎日。

映画『スタンド・バイ・ミー』のような話でした。

そう言えば、宮部みゆきさんは、スティーブン・キングが好きだと、何かで読んだ気がします。

第一部『事件』の巻頭に、宮部さんは、あの『ブレードランナー』の原作者フィリップ・K・ディックの言葉を引用しています。

子供って何にも知らない。だけど子供はほんとは何でも知っているんだ、知りすぎるくらい。
──フィリップ・K・ディック『まだ人間じゃない』

映画『ソロモンの偽証』を観てから、気になって、原作の小説を、読み直してみました。
(と言っても、家にあった文庫本は、去年の夏にブックオフに出したので、図書館で借りました)
単行本三冊、三部に分けられて、741ページ、715ページ、722ページの大作です(文庫本は6冊!)。
とても全部は、読み直せないので、第三部『法廷』だけを読みました。

映画と小説の違いは、書き出せば、キリがないのですが…
むしろ、映画は、前編・後編にこそ分けられましたが、たったの4時間に、要約したことに驚きます。
映画の方が、よりメッセージ性が強いと感じました。“悪意”がストレートに表現されていました。

第二部『決意』の巻頭の引用文は、

勇気ある人間が賢くなり、賢い人間が勇気を持ってはじめて、人類の進歩というものが感じられる
ようになるだろう。これまではしばしば、間違って別のことが人類の進歩だと言われてきたけれど。

それに対して、小説の方は、裁判を進める少年少女の視点で、最初から最後まで描くことで、どこか“爽やかな”昔を懐かしんで身に覚えがある“ほろ苦い”ものを感じさせます。柏木くんや三宅さんの愚かな“弱さ”も、親や周りの大人に相談出来ない“孤独”にさえも“感情移入”してしまいます。

中でも、一番の圧巻は、学校内裁判に呼ばれて、証言をした証人の人数です。
映画では、少年課の佐々木刑事、津崎前校長、三宅さん、モリリン、放火事件犯人の弁護士、電器屋のオジサン、神原くんの7人しか居なかったのに対して、
小説の方は、さらに、生活指導の楠山先生、第一発見者の野田くん、柏木くんの1年生の時のクラスメート、柏木くんのお父さん、報道記者の茂木、柏木くんのお兄さん、大出くんと一緒に告発された井口くんと橋田くんの2人、美術の丹野先生、テレビ局で働いていた女性バイト社員、養護の尾崎先生、モリリンの隣人の主婦、大出くんにカツアゲされた他校の生徒、柏木くんの塾の講師、実に14人もの証人が呼ばれています。それにより、柏木くんがどういう少年だったか、かなり明らかにされていきます。

映画にはありませんでしたが、電器屋のオジサンは、少年を指さす前に、繰り返し本人に確認します。

「いいのかい、あんた」「ホントにいいのかい、え?」
(中略)
ずっと地元の子供たちを見守ってきた、口うるさくてお節介焼きで、ちょっと滑稽な
小林電器店おじさんの顔が歪む。指が震えて、持ち上げた手が力なく落ちた。
(中略)
「あのときは、ご親切にありがとうございました」

オジサンの“優しさ”が滲み出ています。彼も、それをちゃんと感じていました。
そして、神原くんの証言の後には、野田くんによる反対尋問があります。
さらに、三宅さんが自ら望んでもう一度、証言台に立ちます。
ようやく、松子ちゃんについては真実を述べますが、大出くんについては、嘘をつき通しました。
それは、三宅さんの“変化”によるものでした。そのことを、神原くんと野田くんは気付きます。

さらには、映画ではなかった藤野さんによる最終論告が行われます。

「心だけでなく、頭と心の両方で考えてください。
 皆さんなら、きっとあるべき評決を導き出すことができると、わたしは信じています」
(まるで『3年A組』のブッキーの台詞です。Let's think!)

そして、神原くんの最終弁論。その言葉は本当に泣けます。とても中学生の言葉とは思えません。
彼の“覚悟”から来る、真っ直ぐな真実の言葉なんだと感じました。
それを聴いて、傍聴席(体育館)が、いっぱいの拍手で満たされることになります。
陪審員の評議も、丁寧に描かれ、柏木くんの遺書らしき文章が見つかったことで、評決に達します。
それは、大出くんの無罪だけでなく、ある人物の有罪を断じて、学校内裁判は終了となりました。

第三部の巻頭では、アイルランドの小説家タナ・フレンチの言葉を引用しています。

今年といわず、幾度目の夏が来ようと、その子どもたちが青春を謳歌することはない。
今年の夏はもう、こっそり蓄えていた強さや勇気を見い出す必要はない。
大人の世界の複雑さに立ち向かって、より悲しくより賢くなり、生涯の絆で結ばれながら
離れ離れになるのだから。
──タナ・フレンチ『悪意の森』

裁判から20年後、教師になって母校に戻ってきたのは、藤野さんではなく、野田くんです。
そして、文庫本の巻末には、書き下ろしの中編小説『負の方程式』が、オマケで掲載されています。
大人になって教師ではない別の職業に就いた藤野さんと、宮部さんの別シリーズのあの人が登場します(むしろ、こっちがメインの話?)。神原くんのその後も分かります。