長介の髭 消えないままの痛み

犬と本と漫画、映画にドラマ、ときどきお出掛け。消えない傷を残して、前に歩む毎日。

誰がために、真実を追求するのか

先日、映画館で観た映画『新聞記者』の原作ではなく、原案のノンフィクション新書を読みました。
作者は、現役の東京新聞の社会部記者、望月衣塑子(いそこ)さんです。

新聞記者の仕事とは、ジグソーパズルを作るときのように、ひとつずつ真実を認めさせて、
さらに裏を取っいくことーそう教わってきた。

おかしいと思えば、納得できるまで何があろうととことん食い下がる。
新聞記者として、警察や権力者が隠したいと思っていることを明るみに出すことをテーマにしてきた。
そのためには情熱をもって何度も何度も質問をぶつける。そんな当たり前のことをしたいと思う

ご自身の生い立ちから、中学2年生の時の“人生を方向付ける一冊の本との出会い”、学生時代、就職活動、東京新聞に入社してからの汗と涙の記者としての体験が綴られています。

「頭がいいとか、どこの社とかじゃない。自分が新聞記者に情報を話すかどうかは、
 事の本質に関して、その記者がどれだけの情熱を持って本気で考えているかどうかだ」

章の見出しからも、望月さんの熱い思いが溢れて、滲み出ています。

第一章 記者への憧れ
第二章 ほとばしる思いをぶつけて
第三章 傍観者でいいのか?
第四章 自分にできることはなにか
第五章 スクープ主義を超えて

「森友加計問題」「前川事務次官」「女性フリージャーナリスト準強姦訴訟」の取材体験が、映画のストーリーの下地になっています。そして、菅官房長官の定例会見後の圧力。不審な警告や内閣情報調査室公安警察による身元照会。嫌がらせ電話だけでなく、同業者からもパッシングを受けるようになります。
それでも。望月さんは、気持ちを奮い起こして、自分で決めたテーマを引っ込めません。

その理由として、あとがきで、望月さんはマハトマ・ガンジーの言葉を引用しています。

《あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。
 そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、
 世界によって自分が変えられないようにするためである》

ちなみに、望月さんの人生を方向付けた本とは『南ア・アパルトヘイト共和国』でした。
マハトマ・ガンジーも、南アフリカで、弁護士として公民権運動に参加したことが、インドの独立と人権独運動へのキッカケだと言われています。

自分もリチャード・アッテンボロー監督でデンゼル・ワシントとケヴィン・クライン主演の映画『遠い夜明け』を観たときの衝撃を覚えています。当時は、まだ学生でしたが、ストーリー以上に、エンディングに流れる主人公のビコを含む拘禁中に死亡した反アパルトヘイト活動家たちの氏名と没年、享年、政府発表の死因が流れます。病死、首吊り自殺、事故死、転倒死…その数の多さと不自然に同じ死因が連続しています。悲惨な差別の実態と暴力や弾圧の映像を以上に、嘘の公式記録の無機質な羅列に背筋が凍る怖さを感じました。映画『新聞記者』のエンディングでの数秒間の沈黙も、同じ衝撃でした。